インサイドヘッド観てきたので感想!終わってみればスケール感のない話?

こんにちは、マルです☆

インサイドヘッド観てきたので、今日はその感想です。最初に言うと、めちゃくちゃ面白かったです。なのでほぼ絶賛です。多分マルの中でも相当なレベルの号泣作品だったのですが、その号泣がホントに嗚咽するレベルだったので、隣にいた連れに気付かれなくて我慢してしまう・・・というもったいない事をしてしまいました(^^;)

カナシミというかそういう感じのものを押さえつけてしまったマルです。

というわけで感動の冷めやらぬ内に感想を書いてみたいと思います。感想なのである程度のネタバレが含まれます。ご注意下さいませ☆

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みんな優しいのが泣ける

インサイドヘッドの作品の中では、ヨロコビもカナシミもイカリもムカムカもビビリも、みんながライリーの事を「幸せにしたい」と思っています。お父さんもお母さんのも同じです。そんな優しさに泣けました。どこにも悪人がいない物語です。

終わってみればスケール感はない話

これは終わってみれば「ああ、そこに帰着するのか」と意外に思います。考えてみれば当たり前かも知れないんですが、そう感じます。

インサイドヘッドはライリーの頭の中の物語ですが、それは結局、結果として外の世界であるライリーの物語に繋がっています。頭の中でどんな大冒険が繰り広げられていても、外にあるライリーの世界に現れる変化は少しだったりします。

今作は「ライリー一家が引っ越しをする」事がメインの柱であり、その事に決着を付けるのがメインになってきます。なので、終わってみれば「ああ、そうかそうなるか」という小さな話です。それでもマルは嗚咽するくらい泣きそうになりましたが(隣にバレそうなので我慢してしまいました)。

自分の中にも「ヨロコビ」や「カナシミ」がいる

スケール感がない、という事は悪い事ではありません。「自分の中にもヨロコビやカナシミがいる」と思えるのです。日常の何気ない、もしかしたらつまらない生活の中でも、自分の中の感情たちの存在を意識する様になります。それがこの作品の面白いところです。

ちょっと残念?「みんなの中にもいる」をあえて強調

基本的にものすごく面白く感じた作品だったのですが、最後の展開はちょっと残念に感じてしまいました。それまでの登場人物の頭の中にもヨロコビやカナシミがいる、ということを表現し始めたのです。

今までいたこの登場人物は、実は頭の中ではこんな事を考えていたよ、という事を表現するのです。これは好き嫌いあると思いますが、マルはいらない部分だと思いました。

なんというか「特別感がなくなる」というか「矮小化された」様な感じがするのです。そこはこっちの想像に任せて欲しかったなあと思いました。そこの部分を表現するのは、ライリーと、あとはお父さんとお母さんだけで良かった。もしくはほんの少し臭わせるくらいが良かった。犬とか、猫とか、そういうものの頭の中まで表現していましたからね。多分あれは笑うところなんでしょうけど。表現として「過保護すぎる」感じがします。

各感情、誰が好きになった?

マルは、作品を観るまではムカムカが好きでした。ツンデレっぽいところが、個人的にツボです。笑

見終わってみれば、カナシミを一番好きになっていたかも知れません。思うつぼかも知れませんが、そう感じました。笑

もちろんムカムカも好きだしヨロコビも、みんな好きなんですが、基本的にはヨロコビとカナシミ以外、掘り下げ不足には感じました。主要人物が5人もいる様な状態なのでしょうがないと言えばしょうがないと思いますが。

そういう意味では、次回作が期待出来る作品ですよね。

インサイドヘッドに第六の感情があるとしたら?次回作に期待かも

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